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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)985号 判決

控訴人

安生秀夫

ほか三名

右四名訴訟代理人

増渕実

被控訴人

安生シゲ

右訴訟代理人

横堀晃夫

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は別紙目録(一)記載の建物につき、宇都宮地方法務局鹿沼出張所昭和二五年一一月一三日受付第九八六号をもつてなされた被控訴人のための所有権保存登記を控訴人らおよび被控訴人が各五分の一の持分所有権を有する旨の所有権保存登記に更正登記手続をなすべし。

被控訴人は別紙目録(二)記載の土地につき、宇都宮地方法務局鹿沼出張所昭和二五年一一月一三日受付第九八一号をもつてなされた被控訴人のための所有権取得登記を控訴人らおよび被控訴人が昭和二三年二月二六日相続を原因とし各五分の一の持分所有権を取得した旨の登記に更正登記手続をなすべし。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一別紙目録(一)および(二)記載の各物件(本件物件)は先代安生善一郎の所有であつたところ、同人は、昭和二三年二月二六日死亡したこと、当時同人には先妻タカとの間に生れた芳郎、栄作、三雄、ミヨ、ミエ、イエ、キミと、後妻キワとの間に生れた控訴人ら(秀夫、チエ、スミ、俊夫)がいたが、右先、後妻ともすでに死亡していたので、右子らがその遺産を相続することになつたところ、長男芳郎を除くその他のものは相続放棄をしたこと右芳郎は昭和二五年一月一日死亡し、被控訴人は同人の妻であるが、本件物件につき控訴人ら主張のごとき被控訴人名義の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉をあわせると、次の事実を認めることができる。すなわち先代善一郎死亡当時、同人と先妻タカとの間の前記子らはいずれも成年に達していたが、後妻キクとの間の子である控訴人らは、いずれも未成年で、控訴人秀夫一五才、同チエ一一才、同スミ九才、同俊夫七才であつた。

当時長男芳郎は宇都宮高等農林学校を卒業後福島県庁に、また三男三雄は北海道大学を卒業して三菱電気株式会社にそれぞれ勤務し、ミヨ、ミエ、イエ、キミの四姉妹はいずれも高等女学校を卒業し、キミ以外のものは、すでに他家に嫁いでいた。しかし、次男栄作は身心の病いのため家を残つていた。このような状態だつたので、善一郎没後の四九日の法要の席上成年に達していた前記兄妹らは相談のうえ、このさい長男芳郎が帰農して善一郎の遺産であつた本件物件を含む田約一町歩畑約五反歩ほか山林等によつて当時まだ未成年であつた控訴訴人らの養育と次男栄作の面倒をみることにし、そのかわりに控訴人らを含む他の兄弟姉妹はそれぞれ相続を放棄することとし、三男三雄はその善後処置を長男芳郎に一任の上、自己の印鑑を同人に交付した。そこで芳郎は三雄を控訴人らの後見人に選任する手続をし、昭和二三年五月一〇日後見人三雄名義で控訴人らは相続を放棄する旨の申述が宇都宮家庭裁判所になされ、同年五月一七日付で右申述は受理され、芳郎を除く他の成年者の相続人からも相続放棄の手続がなされ、その結果善一郎の所有であつた別紙目録(一)(二)の物件を含む遺産はすべて芳郎において単独相続により取得したこととなつたという次第である。

三しかして〈証拠〉をあわせれば、その後芳郎は昭和二五年一月一日死亡し、同人の妻である被控訴人は六人の子らを抱えていたところから右芳郎の子らはすべて相続放棄をし被控訴人が単独で芳郎の相続をし、(芳郎の死亡及び被控訴人の相続の事実は当事者間に争いない)芳郎に代つて栄作や控訴人らをみてゆくはずであつた。しかし被控訴人も自己の子の養育にせいいつぱいで栄作や控訴人ら四名の世話を満足にみることができず、傍目には虐待しているかのごとくみえたので、三雄ら兄弟はこれを憂い、栄作や控訴人らが生活してゆけるようにするため、三雄がこれらのもののために被控訴人との間に同年五月八日約定書を作成し、被控訴人の取得したとされる遺産の一部を控訴人らに贈与させることにした。

しかし被控訴人は右約定を履行しなかつたので、三雄は控訴人ら四名の後見人の資格で、また栄作、ミヨ、キミの代理人としてかつ自己も申立人となつて被控訴人を相手とし前記裁判所に財産分与の調停を申立て(同庁昭和二五年(家)イ第三九四号)、その結果昭和二六年二月一日調停が成立したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四ところで民法八六〇条によつて準用される八二六条一項、二項によれば、後見人はその被後見人と利益相反する行為についてはその職務を行いえず、後見人が数人の被後見人に対してその職務を行う場合において被後見人の一人と他の被後見人の一人との利益が相反する行為については、他の被後見人については自ら後見人の職務を行いえないものであるところ、ここにいう利益相反行為とは、行為の客観的性質上、後見人と被後見人間ないし数人の被後見人ら相互間に、利害の対立を生ずるおそれのあるものを指称するのであつて、その行為の結果、現実にその者らの間に利害の対立を生ずるか否かは問わないものと解すべきである。相続の放棄は、本来単独行為であるから、それ自体利益相反の問題を生じないかの如くであるけれども、数人の共同相続人ある場合の相続放棄は、その者について相続によつてうける利益を失わしめる効果を生ずる反面、他の共同相続人に相続分が当然増加する効果をもたらすものであること、あたかも遺産分割の協議における場合と同様であることにかんがみると、数人の共同相続人ある場合における相続の放棄は、その行為の客観的性質上、相続人相互間に利害の対立を生ずるおそれのある行為と解するのが相当である。したがつて共同相続人中の一人が他の共同相続人を後見人とし、もしくは数人の共同相続人が一人の後見人の後見に付されて、この後見人によつて相続の放棄をすることは、たとえその後見人が自らも共同相続人の一人として相続放棄をなすものであり、また同一の後見人による数人の共同相続人たる被後見人がひとしく相続放棄をするものであつたとしても、かかる後見人による相続放棄の行為は被後見人全員について前記条項に違反するものというべきであり、このような後見人による代理行為によつて成立した相続放棄は、無権代理によるものとして被代理人全員による追認がない限り無効であるといわなければならない(遺産分割の場合についてであるが、最高裁昭和四六年(オ)第六七五号同四九年七月二二日第一小法廷判決、同昭和四七年(オ)第六〇三号同四八年四月二四日第三小法廷判決参照)。本件の場合についていえば、前認定のように、善一郎の共同相続人の一人たる三男三雄が同じく共同相続人たる控訴人秀夫ら四人の後見人として相続棄放をしているものであつて、二重に前記法条に違反するものであることは明らかであつて、控訴人らの追認がないかぎり、右放棄は無効といわなければならない。《以下省略》

(浅沼武 加藤宏 園部逸夫)

別紙目録(一)、(二)《省略》

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